2008年10月13日

秋の知多半島

先日(10月9日)、知多半島の美浜町で行われた《第47回 聖書和訳頌徳碑 記念式典》にお招き頂き、父・露の五郎兵衛と行って来ました。
まず父が式典でお話をさせて頂き、また私がその後の昼食後に妹が創った『福音落語・教会根問』を演じさせて頂きました。

何故こういう碑が美浜町にあり、何故こういう式典が毎年行われているのかと言うと、現存する最古の日本語訳聖書『ギュツラフ訳聖書』はドイツ人宣教師ギュツラフという人がマカオで翻訳し1837(天保8)年にシンガポールで出版されたのですが、この翻訳を助けたのが三浜町の船乗り岩吉・久吉・音吉の3人だったからだそうです。
この人達は、鳥羽から出帆した後、嵐に遭遇、船は難破し漂流民としてアメリカに流れ着き、大変な苦労をされたそうです。
最終的には、ちょうど明治維新前後の日本の開国事情(鎖国・外国船打払令)の犠牲になり、日本へ帰ること叶わず、異国の地で生涯を終えたそうです。
また3人の中の音吉さんは、日本からの漂流民の帰国に尽力し、国際人として数々の偉業を為されたそうです。

今年は、何でも例年より2倍以上の方がお越しになったそうで、父も私も大変歓迎して頂きました。
式典が朝からの為前日から近くの宿に泊めて頂き、温泉につかり、ご馳走を頂き、なおかつ落語も良くウケ、嬉しいことだらけでした手(チョキ)


   写真 241.jpg               写真 239.jpg

頌徳碑の前で話す父・五郎兵衛    奥田学区の方々による和太鼓も格好良かったですexclamation×2
               この辺りには後ろにあるような船の形をした山車が沢山あるそうですひらめき
posted by きょうふみ at 17:18| Comment(0) | TrackBack(0) | キリスト教関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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